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社の歴史

『日本古書通信』の創刊 【紙魚の昔がたり5】

(八木) 今だから言うんですが、実は日本古書通信社は、始めは反町さんと私と二人の協同出資でした。資金面でも応援をしてもらったわけです。私が六五〇円出し、反町さんから三五〇円出していただいて、一〇〇〇円の資本で始めたのです。通信の送り先として、全国の組合加入の古本屋の名簿と、沼津の古典社から出ていた古本年鑑に載っていた古本屋さんの名簿、それから手に入る古本屋の名簿を全部調べて、その合計の部数だけ創刊号を印刷して、無料で配りました。中に振替用紙を封入しまして、一年分の誌代三円二〇銭、半年分は一円七〇銭、一部一五銭、一ケ月三〇銭と誌代を明記した振替用紙を入れて、ご希望の方は申し込んでもらいたいという挨拶状を同封しました。

有難いことに、一年分の前金をたくさん送金して頂きました。当時は、この創刊号に書いてありますように、色々な方の推薦の言葉を頂きました。特に有難かったのは、フランク・ホーレーさん、当時東京外国語学校と東京文理大学(現・筑波大学)の先生。とっても本が好きな方ですが、欧州の古書相場掲載のいくつかの雑誌の紹介を書いて、その日本版として『日本古書通信』を推薦してくださったことを、よく記憶しています。それこれで、東京はもちろん、全国から大勢の方が、半年分とか一年分の前金を送ってくれました。当時私は印刷屋の隣の洋服屋の二階に下宿していたんですが、洋服屋のおかみさんが驚きまして、八木さん、こんなに毎日お金がくるんでは大変ですねっていう。すっかり安心しました。

第二号には文求堂さんとか、三号には巌松堂の波多野さん、六号には岩波書店の岩波茂雄さんなど、当時業界一流の先輩たちの談話を聞いて掲載しました。その十月に、河野貞三郎氏がやっていた『古本新聞』というのを合併しています。結局、『日本古書通信』が、こういった通信の唯一のものになったわけです。この場合も、富樫さんと同じように、河野さんの預かっていた誌代の前金は、私の方で『日本古書通信』をお送りすることにして清算をつけ、その代りに先方の読者カードを全部貰いました。

(八木壮一) 創刊の時で何部ぐらい刷りましたか。

(八木) その記憶はないんですが、一〇〇〇部ぐらいは刷ったでしょう。宣伝の意味で、ばらまいたわけですから。

(反町) ことに一号などはそうですね。

(八木) 二号まではばらまいて、三号からは送金された人にしか送らないことを厳守しました。それがかえってよかったようですね。

(反町) あの当時としては、全国的に古書相場を知らせるものは、日本では初めてですから、非常に清新な感じを、業界にも与えたことは確かですね。

 

「紙魚の昔がたり」公開済みタイトル一覧

 


関連書

m9784840634632反町茂雄編『紙魚の昔がたり』昭和篇

本コラムの全文をはじめ、弘文荘主・反町茂雄らが12人の古書店主から聞き出した古書業界の激動史。
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/2045

 

 

 

 

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