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紙魚の昔がたり

一誠堂での店員生活 【紙魚の昔がたり3】

(八木) ついでですから、一誠堂の、その時分の生活を話しますと、朝七時に起きまして、清掃をして、前日に買ってきた本を、反町さんの机の上に持ってきて、値段付けして貰って、店の棚へ納める。前の日に買ってきたものは、その夜十時に閉店してから、みんな集まりまして、反町さんが中心になって、この本は二円とか、一円五十銭とか、一円八十銭とか、一冊一冊値踏みして、レッテルに書き込む。

ですから、お客様から仮りに何冊かを十円で買ってきたとしますと、その十円とは無関係に、一冊一冊を業界の相場に評価して、それを原価として記入する。記入した値の合計が、十五円になる時もあり、十八円の時もある。また八円にしかならない時もある。何人かの店員が、思い思いに仕入れてきますから、人によってデコボコがある。それらの全部を、反町さんが一応値ぶみ仕直して、統一をして、それを新原価として記入。あくる日の朝は、それを基準にして売値をつける、そういうやり方でした。ですから、踏値(ふみね)は符牒で入れるわけです。

私はその時分から高買いの傾向があって、「高買いのトシドン」と言われて、値踏みの時にはヒヤヒヤしていました。それと同時に、落丁繰りといいまして、市で仕入れた本の全部の、落丁の有無を一冊一冊検(しら)べる。そういったことをして、夜は大体十一時・十二時まで、それからお茶菓子が出て、みんなで一緒に銭湯に行きました。初めのうちは、私も落丁繰りをしましたが、途中からそれを免除して貰いました。その時分、全国に学校や図書館がどんどん出来ましてね。それらに対して売り込みの運動を展開するには、はやくニュースをキャッチしなくちゃいけない、ということに気がつきまして、反町さんに話して、官報と、東京中の新聞や地方版をとって、それを私がスクラップする。どこの学校に、いくらの予算が出たとか、誰が死んだとか、誰が転勤したとかいうのを、スクラップしまして、それを反町さんに見せて、計画を立てる。調査部的な仕事をするために、落丁繰りはしなくていいということになりました。

それから新しい学校へ売り込みに回る時ですね。その時分、一誠堂には大きな目録があって、それを持って回ったんですが、そういった大きな目録は、無駄もあるし、一誠堂に余分もない。分類別の薄いのを作られたらどうですかといって、分類の目録を反町さんに作って貰って、農学校に行く時は動植物のものを、普通の中学校なら国文のもの、新設の図書館なら基本図書目録、といった調子で、行き先によって目録を変えて、運動したもんです。

店の方針で、売り込み活動を全国的に拡張し、さらに私と小島君とで、朝鮮の新義州まで、台湾へは山田君というように、その目録を持って、売り込みに行かされたりしました。売り込みの先ざきで、いろいろな面白い話もありますが、そうこうして、一誠堂には五年間勤めました。

 

「紙魚の昔がたり」公開済みタイトル一覧

 


関連書

m9784840634632反町茂雄編『紙魚の昔がたり』昭和篇

本コラムの全文をはじめ、弘文荘主・反町茂雄らが12人の古書店主から聞き出した古書業界の激動史。
https://catalogue.books-yagi.co.jp/books/view/2045

 

 

 

 

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