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古書通信

橋本健吉(北園克衛)大正11~12年の詩3編【日本古書通信 編集長だより13】

昨年の日本古書通信4月号に「編集長古本雑記4 大正12年8月発表の北園克衛の詩」というコラムを掲載した。2005年1月号にも、大正13年の「文章倶楽部」や大正14年の「世界詩人」に橋本健吉名で発表した詩作品を紹介したが、それに先立つ大正12年8月号「鹿火屋」掲載の「死」という作品を紹介したものだ。関東大震災の直前で、主宰者原石鼎居の「鹿火屋」発行所も被災後しばし休刊、健吉も郷里に戻る。そんなことから作品の発表媒体が「文章倶楽部」に移ったのかと書いた。
前回にも書いたが、先日、戦前の俳句雑誌を大量に入手、その中に「鹿火屋」の古い号もあり、大正12年8月号に先行する大正11年8月号と12年4月号にも橋本健吉名の詩が掲載されていたので紹介しようと思う。
201701_002昨年コラムを書いた時には気が付かなかったのだが、「奈良大学紀要」34号(平成17)に浅田隆氏が「奈良大学図書館「北村信昭文庫」北園克衛初期詩篇及び初期未発表詩稿等」を掲載しており、詩誌「雲」や「大和日報」に大正13年から昭和2年にかけて寄稿した詩26篇を全文紹介しておられる。今は便利な時代で、40頁に及ぶこの論文がネットで読める。26篇のタイトルのみ挙げて置く。
(「雲」掲載 大正13)個独礼賛、奈良の秋、フロリストの恋
(「大和日報」掲載 大正13~昭和2)丸ビル、四月、習作第一、海水浴場、南国の海によする、日没、断続私唱、桃色の太陽、短詩五篇(薔薇色、早春、暮景、不思議、未知数)、五月の感覚(銀紙、懐中鏡、野原)、人形・老婆・ピストル、初夏、美学第三、魔術主義(AUTUMIN装置、原型属、反射運動)、情緒派、記号学派、植物誌、記号学派、魚と月と花、兵隊蜘蛛の円舞曲、夏の日の感情、空気の薔薇、秋の挨拶。
大正12年8月号以降の「鹿火屋」には健吉の詩作品は掲載されていない。健吉の「鹿火屋」への寄稿は、同郷である石鼎居の離に下宿していたことがきっかけだった。手元の「鹿火屋」にその辺の事情は書かれていない。昨年のコラムで、俳句文学館の古い収蔵俳詩目録には「鹿火屋」の古い巻号の所蔵はないと書いたが、現在はネットで調べられるようになりほぼ全巻所蔵されていることが分かった。大正11年9月号から12年7月号までにも、健吉の詩が掲載されている可能性はかなり高い。また後に瓦蘭堂という俳号で詩誌「風流陣」に載せた俳句作品は句集『村』(1980)にまとめられているが、「鹿火屋」にも投句していた可能性もあると思うが、瓦蘭堂の号は見いだせない。
「鹿火屋」大正11年8月号(第42号)(/は改行)
「無題」
地球はまた/すばらしい/音を立てゝ/限りなき/時の軌道を/ひたはしる
人間は/流れに生息する/バクテリアの如く/地球と/混和ひて/目にもとまらず/ひたはしる/すばらしい勢で/ひたはしる
噫/人間は知らない/人間はわづかに/その生を抱いて/黙々とそら耳をつぶす
私は又/ひろごる/樺色の土なる/其の無限の/香を知る/すべてを/包合する/偉大なる正純の香を/知る・・・
赤熱せる/おお/太陽の流転の驚異・・/私は/彼の火花ちる音を聞く/燃えさかる/燦光の/空気を焼く/香を嗅ぐ・・・
私は――でも/静かである/私はそれを/悲しまない
人間は/この/悩ましいミリウを/忘れ果てて/生きる可く/よぎなくされてゐる・・・
・・・・・・/・・・/・・・・/おゝ/葉裏の/幼蟲は/静かに/呼吸をつゞけてゐる/透明な/からだを/波うたせて/うごめく
私は/かく/生くる者を/おそろしく思ふ/・・・・・
真夏の太陽は
でも/静かに/てらしてゐる・・・・。
(1922・6・2)
「鹿火屋」大正12年4月号(第50号)
「電柱」
雪解のどぶどろの中に/囚人のごとく突立つた/電柱よ/もぎ取られた体躯。/憎悪と忍従。/その灰色の形相/おまえは/何を叫ばうとするとするのだ。
北風吹く/冬の街路に/高々とおしならんで/おまえは何をさけばうとするのだ/おまえは誰に何を聞かさうとするのだ/雪解のどぶどろの中に/囚人のごとく突立つた/電柱よ
8月号に掲載された「「かくて/永劫につきざる呪詛の亡霊は/焼けたゞれし東雲の空を/灰色の髪をなびかせて/いづくともなく/歩み去る時」と始まる作品「死」には、惨劇の前兆を予期したようなとことがあるが、今回紹介した二篇の詩に、後のモダニズム詩人北園克衛の予兆を探ることは出来ない。やはり、現実に目の当たりにした震災の大破壊が詩人に与えた影響は計り知れないものがあったのだろうか。

(補記・「現代詩手帖」2002年11月号「生誕百年北園克衛再読」に、金澤一志編・解題で、今回紹介した「無題」と、46号(1922年12月)「ある夜の舞踏会」の2篇が「鹿火屋」から収録、ほかにも他誌から4編都合6篇が未刊行詩篇として紹介されています。)
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(樽見博)