「日本古書通信」12月号(90巻12号・最終号)8頁増頁カラー32頁 12月15日発売
日本古書通信の終刊にあたって
(株)日本古書通信社 代表取締役社長 八木壮一
取締役 八木乾二
「日本古書通信」は今号を以て終刊と致します。昭和9年1月に創刊して戦時中の一時期休刊はありましたが、これまで九十年以上にわたり続けてこられたのは、読者各位のご支援と古書業界のご理解、歴代の社員の尽力にあったと、深く感謝しております。
本誌は昭和9年1月に八木敏夫が創刊し、昭和11年に叔父八木福次郎が入社し体制を整えました。父八木敏夫は兵庫県明石市二見町で生まれ、神戸の育英商業学校で学び、神戸の福音舎書店に勤務しましたが、先輩から東京神保町の古書店一誠堂書店が繫栄しているのでそこに就職したらと言われたそうです。折りよく神戸に仕入に来られた反町茂雄氏の面談を受けて一誠堂書店に就職をさせてもらいました。同期には後の山田書店山田朝一氏などがおられ、一誠堂では目録の編集などにも携わったようです。
昭和8年末に一誠堂書店を退店して三崎町で「日本古書通信」を創刊して、神田の古書市場の落札相場を速報して同業者の支援を受けました。しかし2年後の昭和11年に相場の公表は禁止され、雑誌の編集方針を一般読者向けに方向転換いたしました。地理学の古今書院に勤務していた八木福次郎が入社して編集を担当するようになりました。敏夫は企画と六甲書房の経営、後に古書組合の理事として事業部を担当しました。営業所は三崎町から神保町2丁目、小川町、神保町すずらん通りと変わりました。昭和18年八木敏夫が出征、福次郎が後事を託され、戦時の雑誌統合で改題された「読書と文献」を昭和19年12月まで継続しました。
父敏夫は中国戦線に転戦して昭和21年に復員、同業者の支援を受けて上野松坂屋の古書部を開きました。翌年「日本古書通信」を複刊、戦後復興の中、事業を拡大しました。その後日本古書通信社の経営は八木福次郎が行っていました。平成20年に再び八木書店が引き継ぎ、私八木壮一が弟八木乾二と共に経営にあたり、編集は樽見博が担当、折付桂子が編集補助と読者管理を行って来ました。
古書目録だけでなく古書の情報も広く掲載して活字が歓迎された時期もありました。しかしネットが普及して、紙媒体には厳しい時代になりました。これまで社員の努力で継続して来ましたが、経営陣と社員の高年齢もあって今回終刊する事になりました。
長年のご購読とご支援に厚くお礼を申し上げます。社の成り立ちと現在までの成り立ちは八木書店HPの略史をご覧ください。
主要目次
川島幸希 「署名本の世界」みたび30最終回 萩原朔太郎『月に吠える』 谷崎潤一郎宛
茅原 健 逝くものは斯くの如きかな―八木福次郎さんの思い出
内田市五郎 『西洋の本の本』刊行
白戸満喜子 「書物の周囲―特殊文献の紹介」の手控(クロニクル)
大沼宜規 校合の値段
竹居明男 大正九(1920)年の「正倉院拝観」記―三村竹清と森鷗外
酒井忠康 夢を編むとき
野田尚稔 北園克衛と俳句をめぐって
横田 淳 生きていることの喜びは人との出会い
安藤武彦 徳元作、能の俳諧独吟百韻の鑑賞―徳元は「錦木」など詠めり
竹内洪介 『唐崎松の記』の巻子本
中山信行 古本屋最後の仕事―肉筆特集自家目録に向けて(7・完)
沖田信悦 戦前の沖縄古書店史(下)
八木正自 Bibliotheca japonica336 終刊号の感慨 恩師反町茂雄さん、父八木佐吉への想い
真田幸治 小村雪岱の装幀本雑記13 子母澤寛の大道書房本5冊
丹尾安典 一寸随想19 平明草廬雑録
古川富章 HAIKUの多行表現史(16)
北原尚彦 リレー連載「ミステリ懐旧三面鏡」51《錦糸町西武百貨店古本市で買った『没落の世界』》
高木浩明 古活字探偵事件帖36 活字の流用と共有の問題を考える
田坂憲二 吉井勇の読書生活36―井原西鶴を読む
石川 透 奈良絵本・絵巻の研究と収集75 八幡の本地
中嶋 廣 一身にして二生を経る112
飯澤文夫 続PR紙誌探索(80)ナウカ
能勢 仁 ドバイ・紀伊国屋書店
樽見博・折付桂子 最後の談話室
12月号 12月15日発売 定価850円(送料79円) ※ご注文はメールまたは電話、FAXで。
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